70年前の平塚空襲で 私が住む場所は
今から70年前の平塚空襲による被害状況をプロットした地図。我が家がある平塚市南原3丁目の様子。黒い■が被災した家。細かな道も家の並びも大して変わらない。リアルだ。
各地域ごとの被災状況が詳細に記されている資料編。平塚市博物館の受付で購入可能。
先日、「市民が探る平塚空襲 資料編」を本棚から引っぱりだして何気なく見ていました。これは、平塚市博物館と「平塚の空襲と戦災を記録する会」の方たちが平塚空襲の被害実態を調査し、まとめた資料です。私は、この中の一項に釘付けになりました。
それが、このマップ(上に貼付けた写真の一枚目)です。これ! 平塚の人ならば分かるかしら?このマップは、私が住んでいる南原3丁目の空爆被害を受けた家をプロットしたもの。黒い四角が被害が出たお宅です。ちなみに、赤字で書き入れた場所が、いま私が住んでいる家です。我が家の位置はすぐにわかりました。だって、ほんとに細い道や家の並びまで今とほとんど変わらないんだもの。今でこそアパートや戸建の住宅が建て込んできてはいるけれど、基本的にたいして変わらない。比較的敷地の大きなお宅は、当時と同じ表札、、、。ものすごくリアルです。
これは70年前に起きた平塚空襲の被害状況です。70年前というと遠い昔のことのように思いがちですが、まったくそうではない。それがこのマップを見て感覚的につかめました。私たちは、多くの人が残酷に焼かれた町に、実のところ何も知らずに住んでいる。あの戦争は決して昔のことではない。ほんのちょっと前の出来事だったんだ。
それにしても、だ。こんなところでも空襲を受けてるという事実に驚く。私が住む平塚市南原は、駅から車でも15分はかかる距離です。今でこそ家が増えていますが、当時は人家もまばらで畑が広がるとてものどかな場所だったろう。そこに、一軒一軒が狙い撃ちされるみたいに焼かれている。70年前の7月16日の深夜のことだ。寝ていた人が多かったんじゃないだろうか。平塚空襲の攻撃対象は、海軍火薬廠でなく駅周辺の市街地だったことは知っていたけれど、何も市街地だけが狙われたわけじゃなかったんだ、、、。人が住む場所はくまなく焼こうとしたんだ、、、。
「市民が探る平塚空襲 資料編」は全三冊あり、ほとんどすべての平塚市内の被災した状況が詳細に記されています。おそらくあなたの住むエリアの平塚空襲被害状況も載ってますよ。現在、平塚市博物館では、「平塚空襲70年展」が開会中です。こちらもものすごく見ごたえありますので、ぜひ。