放射能汚染に がん患者が思うこと

 
↑ 去年の秋ごろ、抗がん剤治療中だったころのわたし。
東日本大震災の福島第一原発事故によるその後の放射線汚染について、がん患者の私が感じるのは、その罪深さです。罪の深さと大きさです。
私は、あの大震災の直前に乳がんだとわかって、地震直後に左胸の全摘手術をし、すぐに抗がん剤治療をはじめました。抗がん剤を打ち始めたらホントあっという間に髪も抜けたし、吐き気や身の置き所のない倦怠感に悩まされました。確かに、こうした治療の副作用は大変ではありましたが、でも何よりきつかったのは、自分が死ぬかもしれないという死への強い恐怖心でした。
手術後しばらくの間、死の恐怖に怯える日が続きました。がんになるのが怖いんじゃなくて、がんになって死ぬのが怖いんだと、よくわかりました。もう漫画みたいに膝を抱えて恐怖に怯えた私でしたが、その後、がんは生活習慣病だと知りました。癌はこれまでの生活習慣がつくったんだ、ほかならぬ私がつくった癌なんだから私が治せるはず、と思えるようになりました。
そこで、私は、当初は現代医学の力を借りながらではありましたが、玄米菜食の食事に切り替え、早寝起きして、生活をがらりと変えました。加えて、八方美人であれもこれも引き受けて、仕事もストレスもたっぷりだったこれまでの私を変えようと決意しました。それからです。病気治しが楽しくなったのは。大きな発見が次々あって、まさに人生のブレイクスルーです。病気治しの旅は、まだまだ始まったばかりですが、やる気十分です。
私は、311原発事故の前に癌になった。だから癌をつくったのは私自身だと思うことができました。病気を自分の問題だととらえることができました。でも、もし、これが、原発事故の放射能が原因で癌になったんだとしたら、と思うと、途方にくれる思いです。あの身のよじれるような死の恐怖のなかで、どうやって気持ちを整理するんだろう。どうやって時間をやり過ごせばいいんだろう。これは人間の我慢を超えた闘いです。仮に、気持ちの整理をおえて長いトンネルを抜けたとしても、原発事故を招いた東電や政府にその責任を求める厳しさは、これまでの水俣病などの日本の公害問題の歴史ですでに明らかです。

↑ 甥っ子と 今年の3月くらい
今や、二人に一人が癌になる時代です。もともと癌になる理由などを医学的に特定できないのですから、仮に原発事故の放射能汚染が原因でない癌だとしても、苦しみは倍増します。「あの時あそこにいたからじゃないか」とか、「あれを食べたからじゃないか」、と思うようになると思う。本人だけではありません。子どもが癌になればお母さんも苦しみます。一家の大黒柱が癌に倒れれば生活が破綻します。
放射能が人体に影響を及ぼし癌が発症することは、チェルノブイリ事故後の健康被害をまとめたウクライナレポートでも明らかです。ですが、これに加えて、です。今後は、あらゆるがん患者の苦悩を倍増させます。あらゆる人の不安感を増大させます。本当に罪深いことだと思うのです。
事故後、私が我慢ならないのは、子どもたちの年間被曝量が1ミリシーベルトだったのを、20ミリシーベルトに引きあげたことでした。20倍にしたのです。20でも大丈夫だとテレビで言っていました。一方で、あのチェルノブイリ事故のとき、年間被曝量5ミリシーベルトより多いところは強制退去だったのです。それなのに、この国は、強制移住の4倍でも大丈夫だと言っていたんです。テレビも新聞もそう言ったのです。どうなっているんだ、この国は。頭にきませんか。人の命をいったいなんだと思っているんだ!と言いたくなるでしょう?
変えたいですね、この国の政治を。この総選挙がチャンスです。政治が変われば未来が変わります。たった一人の政治家を当選させるのは気のとおくなるような地道な努力が必要です。一人の市民がやれることは限られてはいますが、せめて人の命を馬鹿にしない政治家や政党を選ぼうじゃないですか。もういい加減にしろって。日本中に54基も原発つくり続けるのを黙ってみてきてしまった私ですが、あの事故を見て何もしなかったらヤバイですよ。稼働ゼロから原発ゼロへ。ぜひぜひ投票に行きましょう!!

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